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大阪地方裁判所 昭和37年(わ)855号 判決

旧本籍

台湾省台中県員林区二水庄三六三番地

住居

大阪市北区天神橋筋五丁目九番地

遊技場等経営

武村森吉こと

李敬治

大正七年四月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官通山健治出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を

懲役一〇月および

判示第一の罪につき罰金一〇〇万円に、

判示第二の罪につき罰金二〇〇万円に

処する。

右各罰金を完納することができないときは、それぞれその金四、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

但し、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用(但し、第一四回公判出頭に対して証人黄土宝に支給した分を除く)は、全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市北区天神橋筋五丁目九番地に居住し、昭和二七年頃から同市大淀区天神橋筋六丁目二六番地に於てパチンコ店「ナニワホール」を、同三〇年五月頃から同市天王寺区上本町七丁目五七番地に於てパチンコ店「三福」を、同三三年一二月頃から同市北区大融寺町一二三番地に於て洋酒喫茶「バツカス」を(同三三年秋頃までは同所でパチンコ店「ローマ」を)各経営し、又同三三年春頃から中古外車の売買業、同三四年春頃から手形割引業を各営んでいたものであるが、所得税を免れようと企て、売上(又は収入)金額の一部記帳除外、仮装人名義による銀行預金、申告名義人の仮装等の方法により、

第一、昭和三三年分(昭和三三年一月一日より同年一二月三一日までの間)における所得金額は一五、七〇七、七九四円、これに対する所得税額は六、八〇五、九一〇円であつたにもかかわらず、高田会計事務所事務員和利こと奥村藤市を介し、申告期限である同三四年三月一六日、大阪市淀川税務署において、所轄の同税務署長に対し、被告人名義で、右パチンコ店「三福」分以外の右年分の所得額は一、二八八、九五五円、これに対する所得税額は赤字(還付)一三五、三三〇円である旨の確定申告書を提出し、かつ、別途、前同日、大阪市天王寺税務署において、同税務署長に対し、右パチンコ店「三福」が被告人の使用人黄土宝の経営にかかるものの如く装い、右黄名義で、右「三福」の右年分の所得金額は一九〇万円、これに対する所得税額は四三〇、七五〇円である旨の確定申告書を提出し、よつて正当税額六、八〇五、九一〇円と申告税額合算額(但し赤字一三五、三三〇円は除算)二九五、四二〇円との差額六、五一〇、四九〇円に相当する所得税を免れ(別紙昭和三三年度資産負債増減表参照)、

第二、昭和三四年分(昭和三四年一月一日より同年一二月三一日までの間)における所得金額は三九、〇八四、三二四円、これに対する所得税額は二〇、一九五、五二〇円であつたにもかかわらず、高田会計事務所和利こと奥村藤市を介し、同三五年三月八日前記淀川税務署において、所轄の同税務署長に対し、被告人名義で、パチンコ店「三福」以外の右年分の所得金額は六、六六一、五〇〇円、これに対する所得税額は一、三七〇、五〇〇円である旨の確定申告書を提出し、かつ、別途、同月七日、前記天王寺税務署において、同税務署長に対し、前記同様の方法で、黄名義で、「三福」の右年分の所得金額は二、三二八、〇〇〇円これに対する所得税額は五六六、七二〇円である旨の確定申告書を提出し、それぞれそのまま申告期限である同月一五日を徒過し、よつて正当税額二〇、一九五、五二〇円と申告税額合算額一、九三七、二二〇円との差額一八、二五八、三〇〇円に相当する所得税を免れ(別紙昭和三四年度資産負債増減表参照)、たものである

(証拠の標目)

判示事実全部につき、

一、被告人の検察官に対する供述調書三通

一、収税官吏作成の被告人に対する質問てん末書六通

一、証人吉岡幸重の当公判廷における供述

一、第五回および第六回公判調書中の証人吉岡幸重の各供述記載

一、黄土宝の検察官に対する供述調書

一、和利こと奥村藤市の検察官に対する供述調書三通

一、柴田竜三の検察官に対する供述調書

一、足立進の検察官に対する供述調書

一、陳瑞郷の検察官に対する供述調書

一、林輝明の検察官に対する供述調書

一、陳悃の検察官に対する供述調書

一、熊谷昌太郎の検察官に対する供述調書

一、池部虎雄の検察官に対する供述調書

一、桜井啓進作成の「供述書」と題する書面

一、西尾重孝作成の大阪国税局に対する照会文書回答書

一、西尾重孝の検察官に対する供述調書

一、尾家百彦の検察官に対する供述調書

一、鄭樹勲の検察官に対する供述調書

一、李茂雄の検察官に対する供述調書

一、李開子の検察官に対する供述調書

一、浅海満の検察官に対する供述調書

一、中山正一こと劉静嶽作成の「供述書」と題する書面

一、収税官吏作成の加藤泰賢に対する質問てん末書

一、収税官吏作成の中村俊助に対する質問てん末書

一、阪岡正義作成の銀行調査書類一冊(昭和三七年押第八六二号の一)

一、押収の第一住宅株式会社元帳一冊(昭和三七年押第八六二号の二)、同会社契約台帳口座リーフ二枚(同号の三)、天王寺交通株式会社補助簿二冊(同号の四および五)およびバツカスの仕入帳三冊(同号の二七)

一、阪岡正義他一名作成の玉塚証券株式会社調査書類綴一冊(昭和三七年押第八六二号の一三)

一、川越勇作成の営業所得調査書一冊(昭和三七年押第八六二号の一四)

一、川越勇作成の大阪八洲いすずモーター株式会社調査書類一冊(昭和三七年押第八六二号の一六)

一、川越勇作成の天王寺交通株式会社調査書類一冊(昭和三七年押第八六二号の一七)

一、呉垣輝、李崇仁、鐘芹徳、羅芳宿、羅薫南、黄敏聰、林世章、鐘陳庚、陳光、中山正一、徐棋水、呉振宗黄土宝、呉清池、林聰明および曾添寿各作成の「証明書」と題する書面一六通(昭和三七年押第八六二号の一九)

一、浜西昭次作成の租税納付状況調査書(昭和三七年押第八六二号の二〇)

一、阪岡正義他一名作成の配当金、家賃計算書(昭和三七年押第八六二号の二一)

判示第一事実につき、

一、収税官吏作成の大川馨に対する質問てん末書

一、岩崎福松作成の大阪国税局に対する照会文書回答書

一、西尾連作成の「証明書」と題する書面

一、押収の損益計算書四枚(昭和三三年度分)(昭和三七年押第八六二号の六)、大川清八代理大川馨作成の七五〇万円の領収証書(同号の二九)および大川清八作成の仮領収証書(同号の三一)

一、長池謙一および池田信治郎各作成の「証明書」と題する書面二通(それぞれ昭和三三年分所得税申告にかかる分)(昭和三七年押第八六二号の二二および二五)

判示第二事実につき、

一、幸河徳治の検察官に対する供述調書

一、収税官吏作成の幸河徳治に対する質問てん末書

一、岳こと田中一枝の検察官に対する供述調書

一、松尾忠義の検察官に対する供述調書

一、石倉正の検察官に対する供述調書

一、宮次尚芳作成の証明書

一、土井忠三郎の検察官に対する供述調書二通

一、石川春五郎作成の「証明書」と題する書面

一、谷本右佐治の検察官に対する供述調書

一、収税官吏作成の進藤すみ子に対する質問てん末書

一、幸河徳治作成の「覚書」と題する書面

一、幸河徳治作成の昭和三五年一月三〇日付領収証書

一、柳原春夫作成の「証明書」と題する書面

一、押収の損益計算書二枚(昭和三四年度分)(昭和三七年押第八六二号の八)、たな卸表綴一冊(同号の九)武村商事株式会社元帳主として資産勘定が記載されている分)一冊(同号の一〇)、同会社経費勘定簿一冊(同号の一一)、約束手形六通(同号の二六)、幸河徳治外三名作成の不動産売買契約証書一通(同号の三三)、原田緑外一名作成の不動産売買契約証書一通(同号の三四)および原田緑作成の領収証書三通(同号の三五ないし三七)

一、阪岡正義他一名作成の梅田産業株式会社調査書類一冊(昭和三七年押第八六二号の一八)

一、長池謙一および池田信治郎各作成の「証明書」と題する書面二通(それぞれ昭和三四年分所得税申告にかかる分)(昭和三七年押第八六二号の二三および二五)

(主張脱税額の一部を認めなかつた理由)

第一、李菊子名義の普通預金について

協和銀行大阪北支店における李菊子名義の普通預金が被告人の所有にかかるものであると認めるに足りる証拠はない。被者人の検察官に対する昭和三七年二月二一日付供述調書末尾添付の普通預金一覧表および劉静嶽作成の「供述書」と題する書面添付の普通預金一覧表には共に右預金の名義人は李敬治(被告人)である旨記載されており、右劉および被告人の右預金が被告人所有にかかるものである旨の供述は、右預金が被告人名義のものであるとの誤つた認識に基いてなされたものものと認めざるを得ないから、同人らの右供述のみをもつて右預金が被告人の所有にかかるものであるとは認め難い。また、証人吉岡幸重は右預金口座では事業の資金が相当動いていたから被告人所有の預金と認定した旨供述しているが、阪岡正義作成の銀行調査書類中の当該預金口座をみても明らかに事業資金の動きがあるとは認め難く、また同証言によれば同証人も右預金が被告人名義の預金である旨誤認していると認められ、同証人の右預金が被告人の所有にかかるものである旨の供述もにわかに信用できない。なお、検察官は李菊子が被告人の妻であり、同人は被告人の収入のみに依存して生活している者である旨主張するが、李菊子が被告人の妻であることを認めるに足る証拠もない。

以上の如く、李菊子名義の普通預金が被告人のものと認められないため、検察官主張の所得金額が昭和三三年分で二七〇、四三六円、同三四年分で二五八、四二七円減算されることになる。

第二、地上権勘定と建物勘定に二八五万円を重複計上

和利こと奥村藤市の検察官に対する昭和三七年二月一二日付供述調書および大川清八代理大川馨作成の七五〇万円の領収書によれば、大川清八より買取つた建物代金七五〇万円のうち二八五万円を建物勘定と地上権勘定の双方に計上しているものと認められる。検察官は右供述調書添付の「減価償却の明細」書中、ナニワホール分昭和三三年一一月二〇日取得、店舗二八五万円なる記載は右大川清八より建物取得直後要した同ホール改造費の記載であり、昭和三五年一二月二三日付の被告人に対する質問てん末書中に右主張に照応する被告人の供述記載がある旨主張するが、同質問てん末書によればその金額は二〇〇万円であつて二八五万円とは相違すること、右「減価償却の明細」書記載の店舗二八五万円の取得月日が昭和三三年一一月二〇日となつており、右七五〇万円の領収証書の日付(昭和三三年一一月二〇日)と全く符合すること、右奥村作成の「減価償却の明細」書につき全体を通して検討してみると建物そのものを購入した場合の記載は単に「店舗」と記載し、工事代金の場合は「店舗改造と表示し、明確に表現に差異を設けていると認められるところ、右二八五万円の場合は単に「店舗」とのみ表示していること等の事実を総合して考えると、検察官主張の如く昭和三三年一一月頃に店舗改造費が二〇〇万円程度支出されたことは認められるが、しかし、右二八五万円のみについてみれば、結局、起訴の段階では建物勘定と地上権勘定とに重複して計上されていると認めざるを得ない。従つて建物勘定計上の二八五万円を減算した。

なお、右二八五万円の削除に伴い既に計算されている減価償却費、昭和三三年分一五、八一八円、同三四年分九四、九〇五円はそれぞれ当該年分の減価償却費勘定より控除することにした。

第三、未払金勘定の計上もれ

一、バツカスの仕入未払金

押収のバツカス仕入帳三冊(昭和三七年押第八六二号の二七)によれば、下記の未払金が計上もれであると認められるから、未払金勘定にそれぞれ加算する。

(1) 昭和三三年一二月三一日現在

みなと 一〇、一七〇円

木村商店 三四、四〇〇円

太田牧場 三、三四五円

オリエンタルベーカリー 三、二八〇円

カネコマ青果店 四三、六三〇円

大松や 三、八〇〇円

尾田企業 四、〇六五円

江滋貿易 一三、五〇〇円

合計 一一六、一九〇円

(2) 昭和三四年一二月三一日現在

木村商店 九二、九一三円

太田牧場 二、四三〇円

カネコマ青果店 三、七二〇円

シブヤ酒店 一三〇、五八八円

尾家商店(賄の部) 四、四三七円

合計 二三四、〇八八円

二、幸河徳治に対する未払金計上もれ

幸河徳治作成の昭和三五年一月三〇日付領収証書によれば、被告人は幸河徳治に対する店舗損害補償金二〇〇万円の残額五〇万円を昭和三五年一月三〇日に支払つた(同三四年一二月三一日では未払)ことが認められる。右二〇〇万円を、同三四年一二月末現在の資産勘定に計上した以上、同年末現在では同人に対して未払となつていた右五〇万円を未払金勘定に計上すべきである。従つて、未払金勘定に五〇万円を加算する。

第四、支払手形について

被告人振出、支払場所三和銀行天六支店、受取人マルト商会(又はマルト神戸連絡所)の約束手形六通(昭和三七年押第八六二号の二六)および阪岡正義作成の銀行調査書類(同押号の一)によれば、昭和三四年一二月末日現在、被告人は合計六〇万円の支払手形債務を負つていたことが明らかであるから、同年末の支払手形勘定に六〇万円を加算した。

第五、幸河徳治に対する店舗損害補償金について

幸河徳治の検察官に対する供述調書、同人作成の「覚書」と題する書面および第七回公判調書中の証人長江次郎の供述記載を総合して考えると、幸河徳治からその所有建物の一部分を分割して購入するに際して個人に対して支払われた二〇〇万円の大部分は、敷地利用権取得のために支出されたものではなく、同人が被告人に売渡した建物部分に対する被告人側のパチンコ店舗拡張工事中幸河の方で営業できないことに起因する損害の補償であると認められる。従つて、右二〇〇万円はパチンコ店拡張工事のために支出されたものであるから地上権の取得価額に算入すべきではなく、建物(パチンコ店)の取得価額に算入し、減価償却すべきものであると認められる。右の理由により、地上権勘定から二〇〇万円を控除し、建物勘定に二〇〇万円を加算し、昭和三四年末の減価償却引当金勘定に一一、一〇〇円を加算する。

第六、譲渡所得控除

検察官主張の昭和三四年度資産負債増減表「3その他」欄中の譲渡所得控除は七五、〇〇〇円控除もれである。所得税法第九条第一項本文かつこ書の規定によれば、課税譲渡所得金額は譲渡収入金額(三三、〇〇〇、〇〇〇円-一五、五〇〇、〇〇〇円-七、〇〇〇、〇〇〇円=一〇、五〇〇、〇〇〇円)から一五万円を控除した残額(一〇、三五〇、〇〇〇円)の一〇分の五(五、一七五、〇〇〇円)である。従つて右譲渡所得控除欄に計上すべき金額は五、三二五、〇〇〇円(一〇、五〇〇、〇〇〇円-五、一七五、〇〇〇円=五、三二五、〇〇〇円)となるからである。

第七、昭和三三年度「店主貸」減六四〇円

浜西昭次作成の租税納付状況調査書(昭和三七年押第八六二号の二〇)によれば、昭和三三年度店主貸に計算された三三年度納付所得税のうちに、黄土宝名義で昭和三三年五月七日に天王寺税務署に納付した利子税七四〇円が含まれている。

当該利子税は損金に算入すべきものであるから店主貸勘定から削除した。

以上説示の各理由により検察官主張の各脱税額は判示の限度においてのみこれを認定し、これを超過する部分はこれを認定しなかつた。

(弁護人の主張に対する判断)

第一、「三福」パチンコ店の経営者について

弁護人は右パチンコの経営者は黄土宝であつて、被告人ではない旨主張し、証人黄土宝も右主張に副うかの如き供述しているが、同証人の供述はあいまいであつてにわかに信じ難い。第六回公判調書中の証人吉岡幸重の供述記載、第八回調書中の証人阪岡正義の供述記載、収税官吏作成の被告人に対する質問てん末書(第一回および第三回)、被告人の検察官に対する昭和三七年二月二一日付供述調書および黄土宝の検察官に対する供述調書を総合して考えると、同パチンコ店の経営者は被告人であると認められる。なお、同パチンコ店舗(建物)の所有名義人が被告人の妻李氏桃である事実は右認定に何ら支障を来さない。

第二、脱税の犯意について

弁護人は、被告人には税を免れようとする意思、犯意がなかつた旨主張するが、鄭樹勲の検察官に対する供述調書によれば、被告人は、バツカスの責任者である右鄭に対し収入の一〇パーセント位を除外して高田会計事務所へ報告するよう指示していた事実、阪岡正義作成の銀行調査書、劉静嶽作成の「供述書」と題する書面および被告人の検察官に対する昭和三七年二月二一日付供述調書によれば多数の仮装名義を使つて銀行預金をしていることがそれぞれ認められるのみならず、前述のとおり事実に反し黄名義で三福パチンコ店分の申告をしていたのである。右の事実に収税官吏作成の被告人に対する質問てん末書(第一回)および被告人の検察官に対する供述調書(昭和三七年二月二一日付および同月二六日付)中の被告人の供述記載を併せ考えると、被告人に税を免れようとする犯意があつたことは明らかである。

第三、不正行為による脱税があつたか

弁護人は、被告人は不正行為によつて税を免れてはいない旨主張するが、右第二記載のとおり収入金額を過少に記帳し、仮装名義を使つて銀行預金をして所轄税務署員の所得額調査に対し容易にその所得の全ぼうを把握されないように作為し、かつ三福パチンコ店分は使用人黄名義で申告する等した行為は明らかに不正行為である。

第四、資産増減法による所得額計算について

弁護人は、資産増減法による所得金額計算は実際的事実に立脚しての収益と損失との差額計算ではなく、一種の擬制的な「見做し」制であり、右計算に基く所得金額は逋脱金額とはいいえない旨主張するが、所論の損益法によつて所得金額を認定することがより妥当な方法であるとはいうものの、それは関係書類が完備し直接に損益計算をなしうる場合のことで、本件の如く個人企業であつて、正確に記帳された帳簿書類が整備されていないため損益法により難い場合には、資産増減法(財産法)によつてもその所得金額の算出が可能であることは一般に是認されたところである。従つて、弁護人の主張は採用できない。

第五、各勘定科目について

一、五〇〇万円の無記名定期預金

弁護人は三井銀行堂ビル支店の無記名定期預金五〇〇万円は進藤すみ子の所有にかかるものである旨主張するが、阪岡正義作成の銀行調査書類および証人吉岡幸重の当公判廷における供述によれば、同預金は、そもそも昭和三三年三月一一日被告人の普通預金から振替えられた無記名定期預金が、同三四年一二月二四日、満期に伴い切換えられたものと認められるのみならず収税官吏作成の進藤すみ子に対する質問てん末書によれば同女は被告人と特殊な関係にある女性であつて、被告人から経済的援助を受けている身であり、また同女には大和銀行梅田支店に三〇万円と二〇万円の定期預金があるのみで、その他の定期預金はないことが認められる。以上の事実を総合して考えると同時預金は被告人のものであると認められるから弁護人の主張は採用できない。

二、有価証券について

弁護人は被告人は、昭和三二年一二月末現在、東洋伝導株式会社株券(三〇〇万円)および大阪施設株式会社株券(一六〇万円)を所有していた旨主張するが、当公判廷に顕出された証拠中右事実を認めるに足る証拠はない。

三、地上権について

(1) 購入後直ちに取毀した建物の購入費について

弁護人は、幸河徳治に対する三六万円、原田緑に対する四万円は建物購入代金であるから地上権に算入すべきでない旨主張するが、当該建物を使用する目的はなく、その敷地を利用する目的でその地上建物を購入し、その建物は購入後直ちに取毀し廃棄した場合(第五回公判調書中証人長江次郎の供述記載により本件がそのような場合であると認められる)には、その建物代金は結局土地利用権取得のために支出されたものであるから、地上権の取得価額に算入すべきこととなる。従つて弁護人の右主張は採用できない。

(2) 二〇〇万円の損害補償金について

幸河徳治に対して支払われた右金額の処理については「主張脱税額の一部を認めなかつた理由」第五に記載したとおりである。なお、この二〇〇万円も損害補償のため支出されたとはいつても、被告人の側の会計処理としては、資産取得のために支出されたものと認められるから資産勘定に計上すべきである。弁護人の右金額削除の主張は採用できない。

四、貸家分の建物計上について

弁護人は右建物を資産負債増減表に記載すべしと主張するが、昭和三二年一二月末日以前に取得し、同三四年一二月末日以降まで同一の状態で所有しているものは資産負債増減表に記載してもしなくても昭和三三年分、同三四年分の所得金額の計算には何ら影響を及ぼさない。

なお、右貸家分建物の減価償却費が各年分の減価償却引当金勘定に算入されていることは、証人吉岡幸重の当公判廷における供述および第一六回公判廷における検察官の釈明により、明らかである。

五、ローマパチンコ店、ローマ喫茶店分の建物勘定について

弁護人は右パチンコ店、喫茶店の店舗は改造されて「バツカス」になつたから、パチンコ店、喫茶店としての建物勘定を削除すべしと主張するが、前記証拠の標目欄掲記の各証拠によると、古い建物を全部取毀して新しく「バツカス」の建物を建築したものではなく、古い建物を利用し、それを改造したものと認められるから、古い建物部分の償却残高を資産勘定から削除することはできない。従つて、弁護人の右主張は採用できない。

六、貸付金について、

弁護人は、被告人は昭和三二年一二月末現在林益嗣に一〇〇万円、大島良太郎に六〇万円を貸しており同三三年中に右林より、同三四年中に右大島よりそれぞれその返済を受けた旨主張し、証人林益嗣および同大島良太郎はそれぞれ右主張に副うような供述をしているが、右証言はにわかに信用し難い。その他に右主張に副う証拠はない。従つて弁護人の右主張は採用できない。

七、「三福」パチンコ店分の設備について

弁護人は、三福パチンコ店の店舗(建物)の所有名義人は李氏桃であるから同パチンコ店分の設備勘定を削除すべしと主張するが、前述のとおり同パチンコ店の経営者は被告人であるから、たとえその店舗の所有権者が李氏桃であつたとしても、その設備のために投資した費用を資産勘定に計上して所得金額計算の基礎にすることは当然であるから、弁護人の右主張も採用できない。

八、支払手形計上もれについて

弁護人は昭和三四年一二月末日現在で、支払手形八六五、八〇〇円が計上もれである旨主張するが、前述のとおり支払手形六〇万円の計上もれは認められるが、その余の支払手形計上もれを認めるに足る証拠はない。従つて弁護人の主張中六〇万円を超える部分は採用できない。

九、未払金計上もれについて

弁護人は

(1) バツカスの仕入未払金が昭和三三年一二月末日で三六〇、七四二円、同三四年一二月末日で一、五〇五、八九九円計上もれである旨主張し、右の如き未払金があつた事実は証拠によりこれを認めることができるが、尾家商店に対する未払金残額(昭和三三年末二四四、五五二円、同三四年末一、二六八、七八六円)は検察官主張の資産負債増減表に既に計上されているから計上もれではない。

(2) また、西尾材木店に対する木材代金の未払残二四四、一七五円も右資産負債増減表に計上済である。

(3) なお、近鉄に売却した土地の仲介手数料五二五、〇〇〇円が昭和三四年一二月末日現在未払である旨主張するが、右主張に副う証拠はない。

一〇、借入金

弁護人は李正雄からの借入金の計上もれを主張するが、同人からの借入金は同人の妻李開子からの借入金として同額を預り金中に計上していることは胃頭陳述書別表三一預り金明細および李開子の検察官に対する供述調書から明らかである。従つて弁護人の右主張は採用できない。

一一、預り金計上もれについて

弁護人は従業員からの預り金および預り保証金の計上もれを主張し、第一二回公判調書中の証人呉清一の供述記載には右主張に副う部分もあるが、右供述によつても各従業員別の預り金額が明らかにされておらず、また必ず存在しているはずの右各人別の預り金明細を記帳した帳簿書類の存否さえも明らかでない。これに加えるに第一一回公判調書中の証人大島良太郎の供述記載を併せ考えると、呉の右供述記載はにわかに信用できない。その他に右主張に副う証拠はない。

(法令の適用)

法律に照すと被告人の判示第一の所為は昭和三七年四月二日法律第六七号附則第一八条、同三四年三月三一日法律第七九号附則第二項により同法による改正前の所得税法第六九条第一項、第二の所為は同三七年四月二日法律第六七号附則第一八条、同三六年三月三一法律第三五号附則第二項により同法による改正前の所得税法第六九条第一項に該当するから、それぞれの所定の懲役刑と罰金刑とを併科することとし、懲役刑については、以上は同三七年三月三一日法律第四四号附則第一五条により同法による改正前の所得税法第七三条但書により刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同三七年三月三一日法律第四四号附則第一五条により同法による改正前の所得税法第七三条本文により各罰金刑を併科することとし、右刑期および各罰金額の範囲内で、被告人を懲役一〇月および判示第一の罪につき罰金一〇〇万円に、判示第二の罪につき罰金二〇〇万円に各処し、右の各罰金を完納することができないときは、刑法第一八条によりそれぞれ金四、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、なお、被告人は本件発覚後その非を悟り、その免れた所得税の本税、過少申告加算税、重加算税、利子税を完納しており、改悛の情が認められること、また本件所得税申告にあたり所轄税務署側においても被告人に対し或る程度具体的な金額を示して申告を指示した事実が窺われないでもないこと、等諸般の情状を考慮して同法第二五条第一項によりこの裁判の確定した日から二年間右懲役役の執行を猶予し、訴訟費用(第一四回公判出頭に対して証人黄土宝に支給した分を除く)は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、全部被告人の負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西尾貢一 裁判官 武智保之助 裁判官 庵前重和)

33年度資産負債増減表

〈省略〉

(注) 上表の△印は赤字(減算)の表示。

昭和34年度資産負債増減表

〈省略〉

(注) 上表の△印は赤字(減算)の表示。

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